メガテンの世界は、混沌であるが・・・・・
双六くんー気分屋。くーーん。君ら、どのエンディングが好き? 私はヨスガさーーー。ああ、頭痛いからハイテンション。おまけに痛過ぎて眠れない。ノーシンどこ?セデスは?
てなわけで、なぜヨスガエンディングが好きかってことを……語ります。聞きたくない人は聞かなくていいでげす。
メガテン3はメガテンシリーズの中で最も一般向けする雰囲気のゲームだと思う。真2ほどの暗さも無く、真1ほどのオカルト...
エンディング語り
十四子から、メガテンのEDについての質問があったんで、答えます。
無茶苦茶、気分屋。の偏った発言あると思うんで、気に入らないと思った方は、お読みにならない方が宜しいかと思います。
ええーと、ぶっちゃけ言いますと・・・メガテン3のEDは、好きも嫌いも無い。
よって、好きなコトワリもなし。
共感できるキャラも居ませんねえ〜正直。
メガテン1のような内容でしたら、ダントツでニュートラルでしたが。
気分屋。は、『神の為だ』や『強い奴の世界だ』と言う奴らは嫌いだったという理由もありますが、何よりも好き放題にやるのが気に入らなかった。
正直、気分屋。の主人公達の思考の大半は、『仲魔』の事ですから。
やられるか、やられないかの世界で、唯一の友って感じで。
無論、裏切ったりとかした奴には容赦ありませんが。
特に、気分屋。の人修羅は、世界の創世なんか二の次だったんですよね。
「コトワリ?世界の創世?・・・ふーん・・・」って感じ。
特に最初は、勇や千晶の変わりっぷりに心、痛めた。
幼馴染と友人でしたからね〜。
けど、もうこの世界に染まったなら、友人でもなんでもない上に仲魔を傷つける存在は排除するみたいな・・・・うん、やっぱ、双六の言う通り、気分屋。はカオスみたいですねえ・・・・(苦笑)
人修羅が、もしコトワリに傾いた時は、それぞれ理由がありますね。
ヨスガなら、きっと仲魔を愛するが故の狂気。
シジマとムスビなら、仲魔と居れるなら。
(ってか、ムスビなら仲魔だけの世界で居られる)
他は、世界が混沌であっても構わない。
それが、人修羅が心から望む結果なら。
そして、人修羅の【大切なもの】にとって、それが良い選択ならば。
人間の愛情と悪魔達に対する愛情、混同してますからね〜気分屋。の人修羅。
しかも、自分で『自己満足の愛情』だって言い切るし。
世界がどうなろうと
自分自身が悪魔に成り果てようとも
例え、友人であったものを手に掛けても
弱き者を殺すとしても
歯向かう者は、倒す
自分の前に立ち塞がる者は、排除する
それが、
両手を、
体を、
血だらけに染めようとも、
呪われたとしても、
自分自身が【守りたい】ものの為ならば、どうなろうと構わない
これは、【自己満足】と言う愛のなのだから。
と、気分屋。の人修羅なら言いかねません。
本当にカオス好きだなあ・・・。
まあ、こんなんで返答になってればいいかなあ。
